ノーアンサー
「ねぇ、。今日は・・・・」
いつも、その台詞から始まる“今日あった話”。
返事は返ってこない
花冠
-ノーアンサー-
真っ白いカーテンで、区切られた空間で、やっぱり真っ白のシーツの上で。
真っ白。
その中で、横たわる少年の肢体。
白いシーツの上で、薄闇色の髪が、妙に映えてみえた。
シーツと、肉体の・・・皮膚の境界線が曖昧なほど、抜けるような白い肌の肢体。
少年の容姿は少女のようで、けれども少年のようでもあり・・酷く曖昧な性別の境界線。
中性的なその容貌は、少年の人間味をどこか歪ませていた。
シーツの上に横たわり、眼を閉じて、ピクリとも動かない。
その事実が余計に、少年を人間から遠ざける。
「・・・・・。」
ふ、とベットの傍らの丸いすに座っていた、少年が横たわる少年の掌を、きゅっと握りしめる。
かの少年の掌は指先までひやりと、異常なほどに冷たかった。
「・・・・・・。」
握り締めた掌に、力を込めて、その手を温めるように、少年は白い肢体の名前を呼ぶ。
「・・・。」
祈るように。
少年の眉根はより、いまにも泣きそうな顔だった。
雪の上で、倒れていたんだと、そう聞いた。
話をしてくれたのは、同寮の年下の少女。
赤い髪をした少女は、涙を祖の目に滲ませて、少年に告げた。
少女の言葉に少年は楽しかった休暇の浮かれた気分は一気に吹き飛び、蒼白な顔で、医務室に駆け込んだ。
の肉体の状態を言うならば、“眠っているだけ”だと、駆け込んだ少年に、医務室のマダム・ポンフリーはそう告げた。
何時目覚めるのか、わからないということも。
「・・・。ねぇ・・・・・。」
毎日、毎日、少年はに語りかける。
けれど、けっしてその言葉に、返答が帰ってくることはなかった。
返答がないのは、少年との関係で、ごくごく日常のことであったけれど。
けれども、その日常の中で少年の言葉に対し、の感情の動きは、の今は閉じられている闇色に僅かに見て取れた。
それさえも、今はない。
全くの無反応。
「・・・・。」
白いシーツの上に、横たわった肢体に、少年はどうしても同じように、聖マンゴ病院で横たわる両親の姿を重ねてしまう。
“ココロが壊れてしまった”と、告げられた、両親。
彼らと同じように、も“壊れてしまう”んじゃないかと。
ぎゅうっと、少年はの手を、ついに両手で握り締める。
自分の掌の温かさをどんなにの冷えた手に移そうとしても、その指先は温かみを灯さない。
白磁の肌。
閉じられた眼。
ぴくりとも動かない肢体。
整った顔。
それらが、を高級なビスクドールのような・・そんな、人間ではないもののように見せる。
このままピシリとその肢体にひびが入って、粉々に砕けてしまうんじゃないかと。
そんなありえもしない幻を少年に見せる。
じんわりと、少年の目に涙が浮かぶ。
シャっと、不躾になんの遠慮もなく仕切っていたカーテンが引かれた。
「・・・・・ロングボトム・・・?」
わって入ってきた声に・・・、正確にはカーテンを引く音に振り返った少年は、突然の来訪者と顔を合わせる。
カーテンを引いて入ってきたのは、少年だった。
緑色と灰のストライプのネクタイで、彼がスリザリン寮の少年だと知る。
入ってきた少年は、もともとそこにいた少年・・ネビル=ロングボトムを知っていたようで、顔を合わすなり、名を言い当てられた。
「あの・・・きみは・・・」
ネビルは相手がスリザリンの少年。自分が所属するグリフィンドールとは犬猿の仲ともいえる寮の少年に怯える。
相手はネビルの名前を知っていたが、ネビルは少年を知らなかった。
名前は知らなかったが、顔なら知っていた。
「・・・・・きみも・・のお見舞い・・・・?」
彼は、ベットに横たわるの・・・だれも近づかせようとしなかったの側に、最近見るようになった人間だった。
だから、ネビルはそう問う。
問いかけに、少年は「まぁな。」と答えると、片手を少しあげて見せた。
その手には、紅い薔薇の花束。
少年はネビルの横をすり抜け、ベットを挟んだ反対側にある花瓶にその薔薇を生ける。
白い空間にあざやかな紅が注された。
「コイツ・・・相変わらず?」
言葉に、ネビルは頷く。
それに少年は「ふぅん」と返して、何気ない手つきでの頬に触れた。
「ほんとだ・・つめてぇ・・・」
言って、無理矢理作ったように笑う。
「あの・・さ・・・。キミは・・・」
「ツェリベットだ。」
ネビルの言葉を遮って、少年は名を名乗る。
名乗りながらも、ツェリベットはの頬をなぜる事をやめない。
「えっと・・・ツェリベットは・・なんで・・・。」
緩やかに、優しく、の頬に触れるカインの掌を、指先をネビルはウロウロと、どうしてか眼で追ってしまう。
気安く、に触れるツェリベットの掌は触れることに慣れているような手つきで。
ネビルは握っていたの手を思わず強く握った。
「なんで・・・」
そこから、言葉が喉につっかえたように続かない。
どうして、と仲がいいのか。
どんなきっかけだったのか。
聞きたいのに。
口を開いては、言葉を紡げぬまま閉じ、開いては、また・・・・
何度かそんなことを繰り返して、ネビルはきゅっと唇をかんで俯いた。
シンと、音がなくなった白い空間に、オキシドールの匂いに混じって、不釣合いな薔薇の香り。
一つ、ツェリベットが息をついた。
「・・・オレはさ・・・。」
次いで、語りかけるというよりは、独り言に近いような口調でほつりと言葉が紡がれる。
それにネビルは俯いていた顔を上げた。
「オレは多分、タイミングがよかったんだよ。」
カインはの顔に視線を落としたまま、吐く。
さらと、ツェリベットの手がの薄闇の髪をすくう。けれどさらりと、ツェリベットの指からすり抜けて、
また白いシーツの上に落ちた。
「と、オレは仲がいいわけでもない。一緒にいるだけだ。」
ただ、それだけだと、ツェリベットは吐く。
言葉にネビルはかぶりをふって、言葉を紡いだ。
「一緒にいるだけでも、いいじゃないか。」
仲がよくないというけれど、ネビルから見ればツェリベットとは十分仲がいいように見える。
隣にいれる。
がソレを拒まないからだ。
カイン=ツェリベットという存在を。
「僕は・・・。」
仲良くなりたかった。
と、ネビルは細々と紡いだ。
ホグワーツ特急でコンパートメントで眠っていたを見たとき。
ネビルは、はっと息を呑んだ。
ソレほどまでにの容姿は美しく、けれど同時にどこか壊れてしまった人形を思わせた。
だから、彼が本当は生きていないんじゃないかと心配になって、じっと、が目覚めるのを待った。
目覚めた彼はどこかまだ眠そうだったけれど、ネビルの言葉に答える。ちゃんと生きた人間で・・・。
は少しため息をつきながら、けれどももたついていたネビルのネクタイを結んでくれた。
あの、ぎこちなくとも優しい仕草をネビルは鮮明に覚えている。
“目立ちたくない”
言って、どこか、危うい歪みを灯した漆黒の闇の目も。
息をするのも苦しそうな、そんな眼をしたを、ネビルは支えたい、助けたいと、そう願った。
けれど、が隣にたつことを許したのは、自分ではなかった。
「・・・・僕、そろそろ戻るよ。」
潤んだ眼を隠すように、ネビルは無理矢理笑顔を作って、そういうと、ツェリベットの顔を見ないようにして、さっとカーテンを引き、
白く区切られた空間から、逃げるように飛び出した。
「・・・僕は、キミがうらやましいよ。」
ポツンと、細く細くはかれた、どろりとしたその感情は、白い空間に溶けて消えた。
fin
ネビルとカインの顔合わせでした。
カイン視点のものも、またアップします。
07/07/04 *翆