花冠







花冠
 -ことばあそび-




「なぞなぞをしようか。」

紅い闇を、双眸に閉じ込めた帝(おうさま)が、形の良い唇に綺麗な弧を描いて言う。

その言葉に、答えることはせず。けれども、帝の言葉をどうして、ただ人(どれい)が拒絶できるだろうか。

黙することは、せめてもの抵抗なのだ。

「この世で一番、美しいものはなんでしょうか?」

すぃと闇に通る、美しい声で帝がただ人に問う。

うつくしいもの。

太陽の光を白銀に反射する常闇の月、キラキラと白に青に赤に黄色に燃えるあまたの星。

輝く黄金、煌く色とりどりの宝石達、真珠の白、オニキスの黒、サファイアの青、ルビーの深紅、トパーズの黄色、翡翠の緑、珊瑚の緋色、ダイアモンドの光・・・。

うつくしいものばかりをただ人は脳裏に上げていく。

この世界に数多もあるうつくしいものたち、そのなかで、一等うつくしいものの正体を、帝は所望している。

帝の双眸にはめ込まれた深い闇が揺らめきながら、笑みをかたどる。

「貴方の眼・・・・」

ゆらゆら揺れる、深い闇の深紅に囚われながら、ただ人はそう答えた。

帝の深紅の眼は、真珠の白より純粋で、オニキスの黒より深く闇色で、サファイアの青より神秘的で、トパーズの黄色よりも神々しく、翡翠の緑よりも生命力にあふれ、珊瑚の緋色よりもやわらかく、ダイアモンドの光よりも透き通り、そして鳩の血の名前を持った紅玉よりもさらに紅くうつくしく

とにかく、その双眸には“全て”が存在した(あった)。


答えに帝は
クスクス笑う。


「残念。それは、ハズレだ。」


楽しそうに、帝は笑った。

言葉に、ただ人は落胆することもせず、ただ眼を伏せる。


「じゃあ、次の問題。」


帝が楽しそうに笑う。


「この世でもっとも醜いものはなんでしょうか?」


「それは貴方の目の前にいる、このわたし。」


今度の問題はずっと簡単だった。


澱んで屈折した虚ろな闇色の眼が、うつくしい帝を見あげながら、ただ人はすぐさま、そう答えた。

答えに真実の紅を緩やかに細めて、帝はうつくしくつむぐ。

「それは、正解。」

言葉に、嗚呼やっぱりと、思いながらただ人はその澱んだ闇色を沈めて、顔を伏せた。

自分は醜い。

と、いう意識が常に、その闇色の中にあった。

全てを偽り、全てを拒絶し、全てをごまかして、何もかも中途半端にして

ただただそこに存在するだけの、存在が、酷く醜く、浅ましく。それでも、死と言う消失へと迎えない己のなんと醜いことか!

そういう存在だと。認識していた。

嗚呼、なんて醜い!



くすくすと、鈴を鳴らすような声を漏らして、帝は笑う。


「最初の問いの答えも、君が正解した2問目の答えと同じなんだよ。」


くすくすと、笑う声。

はたと、ただ人は顔を上げた。


上げられたその白い頬を、帝の長くしなやかな指が愛おしそうになぞる。


「知っているかい?。」

帝が、ただ人を示す名前をつむぐ。

それだけで、どうしてかその名前が酷く美しいものに聞こえてくるから、ただ人(文字通り、そこら中にあふれかえったごくごく平凡で、最も強欲で、自己愛にあふれた醜い生き物)であるにはそれが不思議だった。

彼が名前をつむげば、醜いものですらキラキラと輝く輝石のように錯覚する。

「この世に真実に美しいものなんて、ありはしないんだよ。」

くすくすと、紅い目をした帝王は、歌うようにつむぐ。


「この世界に真実に美しいだけのものなどありはしない。美しいものは、美しくある為に何かを犠牲にするし、何かを得るためにうつくしくなろうとする。

たとえば、自らの美しさを保つために若い女の生き血を浴び続けた女。大輪に咲き誇る花たちも、それは鳥や虫を誘惑するために美しい姿形を取る。

結局うつくしさとは、己のためのものだ。」


の薄い唇を指先でなぞりながら、帝は言う。

「ほぅら、ごらん。真に美しいものなんて存在なぞしないんだ。美しいものはその裏側に、それに比例する醜いものを隠している。」

美しいとはそういうものだ。

「でも、それでも、リドル。オレはお前が、お前の眼がとっても、とってもうつくしいと思うよ。世界で一等、うつくしいと思うよ。」

思わずは言葉を挟んだ。

それにリドルと呼ばれた真紅の双眸を持つ帝はクツクツ笑う。

「それこそ、僕が世界で一等残酷で醜いからこそ、世界で一等美しいんだよ。」

「違う。世界で一等醜く、愚かなのは、オレだよリドル。」

すかさず言うにリドルはまた、クツクツ笑った。酷く楽しそうに。

「知っているかい?。」

言いながら、帝はの眼の淵をなぞる。

「ルビーと、サファイアはもともとおんなじ鉱石なんだよ。色は違うけれど、まったくおんなじ石なんだ。」

そっと、の白い手を取って、リドルは己の頬にの指を這わせ、眼の淵をなぞらせる。

が一等うつくしいといった、この眼の色(ピジョン=ブラッド)と、一等醜いといったがソコに隠している色(パーフェクト=ブルー)は、全くおんなじものなんだよ。」

愛おしそうに、甘く甘くつむいでリドルはの瞼に唇を落とした。

瞼を閉じて、はリドルが落とす口付けをただ受け取る。

なんとも言えず、瞼の裏側の眼球が酷く潤んで、はらりと眼の淵から雫が零れた。

零れたそれをそっと、唇でリドルが拭う。

「僕は世界で一等醜い、がだいすきだよ。」

子供のように無垢な笑みを紅玉にのせて、リドル(帝)は(ただ人)の青ざめた唇に噛み付いた。

ふつりと切れたの唇から血の味が交じり合う。

ぼやけた蒼い視界の中で、煌々と輝く真紅だけがうつくしい。

その紅玉と同じく、一点の混じり気を許さない純粋たる闇はただただ無垢で、それゆえ醜いものを許せない。

だから残酷なまでにの目に映る全てを壊していく。

彼は帝(かみ)なのだ。

少なくとも、彼をあがめ称える闇に疼くものたちにとっては、どうしようもないほどに間違いなく。

彼は“かみさま”なのだ。



ほろほろと、の闇の淵から雫が零れる。


どうして自分の“かみさま”は彼ではなかったのだろうと、それが酷く悲しくて哀しくて、ただ哀しかった。



その紅玉が己にとっても“かみさま”ならば、はなにも迷わずただただその無垢な手を取ればよかっただけだった。


世界に緩やかに殺される必要などなかったのに。






無機質で残酷な文字の羅列と、透き通る湖の水底のような翡翠がチラチラと点滅しては、を“かみさま”の所から引きずり落とす。




いつの日か、そう遠くない未来に、=は何処にも存在しなくなる。それさえも、気付けないまま。




そうして世界に緩やかに殺されていく







零れる雫を拭う温度が暖かくても、その無垢な手を指先からそっと零れ落として、ただただ奈落に向かっていった。





そこに“かみさま”は存在しない






fin


んん・・・
い、いつ頃の話かしら?

現在の連載から未来なのは間違いないリドルと主人公。