花冠
 -04-




ハジメテ自分を売り物にした翌日、は目覚めて最初に昨日、自分の姿映した鏡のある浴室に

のろのろと階段を上って辿り着くと、コックをひねった。

シャワーノズルからは水しか出なかったけれども、身体を清められただけマシだと思った。

それから自分が昨日まで着ていた、今の自分には大きすぎるシャツで身体を拭いて、

椅子の下からカバンをひっぱり出すと従弟に渡すはずだった自分の服に袖を通した。


それは皮肉なほどに今の自分にピッタリとサイズが合っては笑った。


靴はさすがにないからはだしのままで、昨日男にもらった札束を握り締めて教会の扉を両手で開いて、外に踏み出した。





外に出て、が把握したのは、ココがスラム街であること。

国はきっとアメリカ・・・

大通りに出ると、アメリカ国旗を幾つも見たから


スラムから抜けて、明るい町ではまず靴を買った。

店主は素足のをいぶかしむように見ていたが、金を見せればそんな視線はよこさなくなった。

それから、タオルや石鹸、シャンプーなんていう日用品を買って、スーパーで缶詰などできるだけ保存の利く食料と、水、それから果物を買った。

最初の10万はソレで消えた。






携帯電話を開く

9/22 12:43


あの日から。最初に自分を売り物にした日から携帯の時刻設定は弄っていない。

自分が子供の姿になってから1ヶ月以上の月日が流れている。



の携帯の時刻は昼を示していたけれど、が腕につけている時計は真夜中の2時を指していた。


この、一ヶ月あまりの間に、は結構な数の「客」をとった。


大体一度に4万ほどの収入で、どこから噂を聞いてくるのか知らないが、夜になれば必ず客が来た。

中には常連なんかも居たりする。

(こんな身体のどこがいいんだか・・)

は自嘲して、瞳に暗い影を落とした。


娼婦のように働いている自分に今更嫌悪感はもう沸かない。

それが少し悲しかった



ヘッドフォンを耳につけて、再生ボタンを押す。

流れた音楽には耳を傾けた。



ココに あるのは 僅かな 雨水

ひとつだけ確かにかんじたい

今だけいいから 重ねて




好んで聞く女性ヴォーカルのその旋律と詩に身をゆだねていると、不意に声をかけられた。


「・・・?」



「・・なに?」


旋律に介入してきた雑音には露骨に顔をゆがめた。

雑音の発生元はの今日の「客」。

情事がおわったのだから早く帰ればいいのに、図々しくも客はしばらくの事後の時間をとすごしたがるものが多かった。

この男も、そのひとりで、最初にを買った男だった。

」というのはの偽名だ。

」という親からもらったタイセツな名前を、欲におぼれて自分を買う人間に知られたくなかったし、

そして、プライドもなにもかもかなぐり捨てて無様に男に身体を売っている今の自分のことを

そう呼んでほしくもなかった。


「いや、今のは君が歌っていたのかい?」

「・・ああ・・うるさかった?」


どうやら、無意識にメロディを口ずさんでいたようで、すこしばつが悪そうにがそう聞くと、

男は否、と首を振った。

「とても、キレイな声と、メロディだったよ・・よければ、もっと歌ってくれないかい?」

言葉に、はきょとんとした表情を一瞬作ると、「べつにいいよ。」と今度はヘッドフォンを外して、声帯を震わせ、旋律を奏でた。



偽りも 眼をあけて信じましょう

青空が似合う アナタにも雨はふる












次の日から、どういうわけか事後には歌を所望される事が多くなった。

いい加減うざったくなって、紡いだ言葉。


「歌ってほしいなら、1曲10万。」


所望されるのが嫌でいった台詞で、きっとコレでもう歌を所望される事はないだろうと踏んでいたのに、

帰ってきた返事は「払う」という肯定。


眼を見開くにお構いなく男は札束をに握らせると、「歌って」とせかした。


その日から、は身体以外に歌を売る事を覚え、いつしかその値段は跳ね上がっていき一曲60万にもなった。

(いったい、どこの高級花魁だ・・・・)

そんなことを思いながら、それでも所望されればは歌った。

のうたごえのことはスラムを発信源に権力者や金持ちにおぼろげなうわさと言う形で伝わり、

いつしかの歌を聞いたことがあるか否か、何度聞いたかはその周辺の金持ちの間では自慢の対象にまでなるようになった。

(金持ちと権力者って暇人ばっかり・・・)


はそうココロで彼らを罵倒し、嘲笑しながら、無邪気な笑顔を貼り付けていつもお決まりの台詞を客に告げる。


「身体だけなら、40万、歌だけなら60万・・・。両方なら130万・キャッシュか小切手てでよろしくね。」




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主人公が着々と黒く育っていますね


06/05/31**翆

word by Cocco「雨ふらし」