花冠


リアリストであればあるほどファンタジーに憧れ、そして自嘲する






花冠
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聞こえるのは、先日購入したばかりのデジタルオーディオプレイヤーから流れる軽快なロック。


「あっつー・・・・」

日本の夏は、暑い。

じりじりと容赦なくアスファルトを焼く太陽を微かに仰いで、少年は吐いた

思わず口にした言葉に、余計に暑くなった気がして少年はため息をつく。

そして、肩にかかった重みのあるカバンを漆黒の眼で恨みがましそうにチラリと見た。

少年、と表現するのは正しくないかもしれない。

青年、と表現するのが正しいのかもしれない・・

彼は青年と言うには幼く見え、少年というには大人びて見える。

歳は今年で数えて17。

一般の男子よりも少し長めに伸ばした肩ほどまでの、人工的に染め上げられた茶色い髪が
猛暑によって流れる汗で首筋に張り付いている。

耳にしたヘッドフォンから流れる音がロックからバラードへと変わった。

「あつい・・・」

また、口をついて出た言葉に、少年はチっと舌打ちした。


少年・・・名を、 と言う。

自宅付近の公立高校に通うどこにでも存在するようなただの高校生。

特技は英語と、歌。

(あーあ・・こんな真昼間から、外になんか出たくないのに・・・)

ため息をついて、不満を声に出さずに心中で言う。眉間にしわがよった

季節は夏。

一般の高校生であるは所謂「夏休み」と言う期間に突入し、毎日午前は12時近くまで睡眠をむさぼり、
昼に起きて、暑い日中は自室の部屋でごろごろしたり、出された宿題を片付け、そして夕方から外に出て夜遅くまで夜遊びにふける。

と言う毎日を繰り返していた。

しかし、今日は母に「おつかい」をたのまれて日中に外に出る羽目になってしまったのだ。

(それも、なんでこんな重いもん・・・)

もう一度、肩にしょったカバンを見る。

中には自分が幼少時に来ていた洋服なんかが入っていて、結構な重量になっている。

「おつかい」の内容は、今年で確か小学校3年生になる従弟に自分のお古の服を届ける事。

(あー・・やっぱチャリできたらよかった。)

歩いて20分ほどにある従弟の家にはたまには・・と徒歩できたのだが、道のり半ばで後悔した。

(まぁいいけど・・・貸してたハリポタついでに返してもらいたいし・・・)

ぶらぶらと歩きながら、3ヶ月ほど前に従弟に貸した本を思い出した。

が中学生の頃に第一巻が発売し、この日本で大ブームを引き起こした。

最初こそ、あまり興味を示さなかっただが、友人に進められて読み

一巻を読み終わったころには、見事にどっぷりとはまり込んでしまった。

は、所謂「リアリスト」と呼ばれる思考を持つ人間で、物事に対して、なにごともなるだけ冷静に対処し、
感情的になることは少なかった。

「ああ、あのときこうしていれば」

なんてifの出来事は所詮ifでしかない、と割り切り、自分の感情を殺す事にも長けていた彼は、まわりにはすこし冷たい。

という印象をもたれていた。

なので、がハリー・ポッターにハマってしまったと聞いて、にハリポタを進めた友人は少し驚いていたようだった。

『進めといてアレだけど、オマエが、こういうファンタジーものにハマるなんて思わなかった』

言われた言葉を思い出し、は思わず苦笑した。

たぶんきっと、自分は「リアリスト」だからこそ「ハリポタ」にはまった。

「リアリスト」は「ファンタジー」にひどい執着を持っているのにソレを必死に否定するひねくれた人間であるのだと、は思っている。

少なくとも、自分はそうだ。

はまりにはまったハリポタは今は6巻まで出ていて、もちろんは読破している。

6巻は最近発売したばかりで、昨夜読み終えたばかりだった。

最新刊を読み終えて、がいつもすることは、また1巻から読み返す。という作業だった。

今回もその作業をするためには従弟に貸しているハリポタを返してもらわないといけない。

(それにしても、暑い・・・)

ぱちりと携帯を開いて時間を確認する。

8/17(木) 14:45

家を出てからもう15分もたっていた。

(うっわー・・だらだら歩きすぎた・・従弟の家まで半分くらいしかこれてないし・・)

はぁとため息をついて、少し歩く速度を速める。

オーディオプレイヤーはまたちがう曲をかなで始める。






ガ・・ジジジ・・・・


「・・・?」



突然、曲の旋律がノイズに邪魔をされた。

(接触不良か?)

ノイズの原因が接触不良によるものだろうと思い、ヘッドフォンのジャックと小さな本体の接続部を弄ってみても、ノイズはとまらない。

それどころか、どんどん酷くなっているような気がした。

(げ・・壊れたのかよ?!買ったばっかなんだから勘弁してくれよー!)

いくらなんでも故障するには早すぎる。

きっと原因があるはずだと思い、は立ち止まってプレイヤーの本体をもった。


瞬間


キィィーーーーーーーーーーーン



「っ?!!!」


ひどい耳鳴りに思わずヘッドフォンごと耳をふさぐ。

もちろんヘッドフォンを耳に押さえつけてしまうので逆効果で・・・




「いった・・・」


キィンと耳に来る衝撃にフっと意識が遠のいていく。






そして、落ちる感覚






視界はまっくろに塗りつぶされた。





next

というわけではじまりました!

06/05/31**翆